本記事では、上杉瓢箪(うえすぎひょうたん)について紹介しています。
茶器のひとつ。大名物のひとつ。
臼杵瓢箪(うすきのひょうたん)と呼ばれており、のちに所有する時々の戦国武将の名前がつき、大内瓢箪・大友瓢箪と呼ばれていたが、豊臣秀吉から上杉景勝へ聚楽第にて下賜されて以降は上杉瓢箪
と呼ばれる。
野村美術館蔵。
写真はこちらより引用させて頂きました。
外見
高さ | 65mm |
胴 | 60mm |
口 | 30mm |
底 | 26mm |
重量 | 54g |
所在地
所在地 | 野村美術館 |
住所 | 京都府京都市左京区南禅寺下河原町61 |
電話番号 | 075-751-0374 |
ウェブサイト | [nomura-museum.or.jp](http://nomura-museum.or.jp) |
地図
伝来
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逸話
相良武任から大内義長へ
天文20年(1551年)8月末、大内家家臣で武断派の陶隆房(すえたかふさ)が謀反を起こす。大内義隆(おおうちよしたか)は自害、文治派家臣の相良武任も殺害される。陶隆房は、大内家の新当主として大友宗麟の異母弟大友晴英(大友義長)を傀儡として擁立する。相良武任が所持していた当時松本瓢箪
と呼ばれていた瓢箪茶入は、大内義長へ所有者を変える。
参考
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