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酢ろぐ!

カレーが嫌いなスマートフォンアプリプログラマのブログ。

長野・梅津城址(松代城址)に行ってきました

日本史 旅行とか

飯山城が上杉謙信の前線基地だとすれば、梅津城は武田信玄の前線基地です。戦国時代が終わり、江戸時代になると松平忠輝が入封しますが、松平忠輝は早いうちに改易されてしまい、高島城に監禁されてしまいます。

その後、真田幸村(真田信繁)の父の真田信之が入封します。真田氏は沼田領を含む十三万石となりますが、信之の孫の時代に継承問題が発生し、結果的に沼田領が独立してしまい、松代藩は十万石格として明治維新まで続きます。

八幡神社

川中島という名前の割に川の中ではなかった(想像と違った)。川中島は千曲川と犀川の合流地点を頂点とした三角形の土地で沃土な土地だったので、上杉謙信と武田信玄間で奪い合いが発生します。第四次川中島合戦が行われたのが八幡原(現在の八幡神社)でした。

武田信玄と上杉謙信との一騎討ちがあった場所。なお、史実かどうかは不明。

執念の石。

皇太子(のちの大正天皇)が植えた松の木。

所々に土塁が残っています。

松代駅跡

2012年に廃止されたようで線路はすべて取り除かれています。このあたりはすべて外堀に位置する部分。

目と鼻の先に松代城址があります。

松代城址

梅津城址(松代城址)です。

太鼓門。

天守台。

本丸。

二の丸と北不明門。

通るのに不便ってことで土塁にトンネルがあります。

真田邸

9代藩主真田幸教の義母のために作られた御殿で、明治維新後は伯爵に叙爵された真田家の私邸として使われていました。

当然、瓦には六文銭紋が。

象山地下壕

大本営を松代に移動させるにあたって作られた地下壕です。8割方できたところで終戦を迎えたらしく実際には使われなかったとのことです。

真田邸から歩いていくことができます。

ヘルメットを着用して入ります。

中は意外にも寒くないです。空襲に耐えられる岩盤の山を選んだだけあって、天井と床、壁がそれぞれ岩がむき出しでした。