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戦国時代から現代に続く名家・仙石氏

仙石氏といえば仙石秀久が主人公の「センゴク」。

センゴク一統記(1) (ヤンマガKCスペシャル)

センゴク一統記(1) (ヤンマガKCスペシャル)

仙石氏は元々土岐氏の家臣でしたが土岐氏の没落後は斎藤氏に仕えます。仙石秀久の父・仙石久盛は斎藤氏に仕えましたが織田信長が美濃へ侵攻を始めると徐々に旗色は悪くなり、斎藤氏との親交が強かった兄の仙石久勝は廃嫡されて、仙石久盛四男の仙石秀久が家督を継ぎます。

斎藤龍興の居城稲葉山城(のちの岐阜城)が落城すると仙石氏は織田信長に臣従します。信長は家臣の木下藤吉郎の馬廻り衆に任ずると、仙石秀久は木下隊として各地を転戦します。姉川の戦いでは浅井家の兵を討ち取ったことで一領主として立身します。その後も羽柴秀吉に従い、最古参の武将として取り立てられていきます。

本能寺の変後には、明智光秀と通じた淡路・四国衆の抑えとして淡路に派兵されて一国の領主となります。

九州征伐の際には、長宗我部氏を従えて軍監として前線に向かいますが島津氏にこっぴどくやられて淡路に敗走してしまいます。その後改易されて高野山に送られます。

小田原征伐の際には活躍したことから大名に復帰します。関ヶ原の戦いでは秀久の息子たちが西軍につく中、秀久は東軍として徳川秀忠と共に主戦場へ向かい、そのことから外様大名にも関わらず徳川秀忠に特に取り立てられてます。

名前 生没 備考
仙石久盛(せんごく ひさもり)
1 仙石秀久(せんごく ひでひさ) 1552年2月20日〜1614年6月13日 仙石久盛の四男。信濃小諸藩の初代藩主
2 仙石忠政(せんごく ただまさ) 1578年〜1628年5月23日 仙石秀久の三男。信濃小諸藩の第2代藩主、のち信濃上田藩の初代藩主
3 仙石政俊(せんごく まさとし) 1578年〜1628年5月23日 仙石忠政の長男。信濃上田藩の第2代藩主
- 仙石忠俊(せんごく ただとし) 1617年8月10日〜1674年8月25日 仙石政俊の長男。家督を継ぐ前に早逝。
4 仙石政明(せんごく まさあきら) 1659年4月22日〜1717年7月14日 仙石忠俊の長男、仙石政俊の養嗣子(孫)。信濃上田藩の第3代藩主、のち但馬出石藩の初代藩主
5 仙石政房(せんごく まさふさ) 1673年6月7日〜1735年6月14日 仙石政治*1の長男、仙石政明の養子。但馬出石藩の第2代藩主。
6 仙石政辰(せんごく まさとき) 1723年9月20日〜1779年10月3日 仙石政因*2の七男、仙石政房の養子(娘婿、正室が仙石政房娘)。但馬出石藩の第3代藩主。
7 仙石久行(せんごく ひさゆき) 1753年11月22日〜1785年10月19日 仙石久近の三男、仙石政辰の養子(娘婿、正室が仙石政辰娘)。但馬出石藩の第4代藩主。
8 仙石久道(せんごく ひさみち) 1774年6月20日〜1834年10月6日 仙石久行の長男(庶長子)。但馬出石藩の第5代藩主。仙石騒動を招いた遠因とされる人物。
9 仙石政美(せんごく まさよし) 1774年6月20日〜1834年10月6日 仙石久道の長男。但馬出石藩の第6代藩主。
10 仙石久利(せんごく まさよし) 1820年4月5日〜1897年6月6日 仙石久道の四男、仙石政美の養子(異母弟)。但馬出石藩の第7代藩主。
11 仙石政固(せんごく まさかた) 1844年6月22日〜1917年10月23日 土岐政賢(仙石久利の兄)の長男、仙石久利の養子(甥)。但馬出石藩の第8代藩知事、のち子爵。
12 仙石政敬(せんごく まさゆき) 1872年5月26日〜1935年9月16日) 仙石政固の長男。子爵。宗秩寮(のちの宮内庁)総裁
13 仙石久英(せんごく まさひで) M28.7.5.〜S35.10.13 仙石政敬の長男。子爵
14 仙石政恭(せんごく まさやす) T12.7.30〜S47.3.29 仙石政英の長男。

仙石政恭氏は独身のまま死去したため、出石藩仙石家は断絶している*3

但馬の殿様

但馬の殿様

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*1:仙石秀久の長男仙石久忠の長男仙石久治の長男、仙石秀久の玄孫にあたる。

*2:仙石政房の生母の父にあたる

*3:ここまで書いて現代に続いていないことに気付いた